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大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)1410号 判決 1973年5月25日

主文

一  被告は原告に対し金一〇〇万七、一二〇円、およびこれに対する昭和四三年三月二八日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告その余の請求を棄却する。

三  反訴原告の請求を棄却する。

四  本訴訴訟費用はこれに二分し、その一は原告の負担とし、その余は被告の負担とし、反訴訴訟費用は全部反訴原告の負担とする。

五  この判決は一項に限り、原告において金二五万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

(原告、反訴被告)

本訴につき

一  被告は原告に対し、金二二二万三、二九八円、およびこれに対する昭和四三年三月二八日より完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行の宣言

反訴につき

一  反訴原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は反訴原告の負担とする。

(被告、反訴原告)

本訴につき

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

反訴につき

一  反訴被告は反訴原告に対し金二三〇万三、二八〇円、およびこれに対する昭和四三年一〇月二七日より完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は反訴被告の負担とする。

三  仮執行の宣言

第二当事者双方の主張

(本訴原告の本訴請求の原因)

一  訴外東海興業株式会社は昭和四二年頃摂津市より、同市の都市下水道、味舌ポンプ場新設工事を請負つたが、そのうち土砂崩壊復旧工事、土留工事、土工事を訴外株式会社磯田組に下請させたところ、磯田組はそのうち土砂崩壊防止のため土中に打込まれたシートパイル(鉄の矢板)の引抜き作業を訴外弥代隼人に更に下請させた。そこで弥代は右工事のため被告からオペレーター(運転者)付でレツカー車一台をチヤーター(賃借)した。

二  昭和四三年一月二八日、午前中の作業を終り休憩に入つたところ、並立して地面に打込んであるシートパイルの一枚の頭の部分が他のシートパイルより一段高く抜出ていてパイプ口をかけるのに邪魔になつたので、弥代は午後〇時五〇分右レツカー車を自分で運転して右部分の切断作業を始め、これが終つた後、午後一時一〇分頃より引続き、やはりレツカー車を自ら運転し、シートパイルの頭にパイプ口を取付け、引抜きの作業を始めたところ、レツカー車のクレーンのブーム(柱)が基部から折れてとび、付近で弥代の右作業を手伝つていた原告に当り、負傷させた。

三  被告は自動車損害賠償法(以下自賠法という)三条により、右事故に基く原告の損害を賠償する義務がある。すなわち、

(一) 被告は本件事故レツカー車を所有しており、オペレーター付でこれを賃貸する場合も運行の用に供していたことになるのは勿論であり、被告の営業形態としてはむしろ通常における運行用法であつた。また自動車の走行裂置のみならず、本件レツカー車のクレーンなどのように、当該自動車に固有の装置をも同条にいう「当該装置」といい、これらの装置の全部または一部をその目的に従い操作する場合も「運行」に当るとすべきである。そうすると本件事故がレツカー車運行による事故であること明らかである。

(二) 本件事故は弥代のクレーン操作中に生じた事故であるけれど、被告はこれを以て運行の責任を免れることはできない。事故当時被告派遣のオペレーター二人は、本件レツカー車から一〇数メートル離れた所で焚火にあたつていて弥代がレツカー車を操作するのを見ていながら、弥代が元被告会社での同僚であつたことの気安さから、これを黙認、傍観していた。したがつて彼らは弥代に一時レツカー車の運行を委せていたというべきである。仮に弥代の無断運転だとしても被告は責任を免れ得ない。

(三) 原告は弥代に本件事故の原因となつたレツカー車の運転操作を命じたのではない。原告は弥代がレツカー車の運転資格を持ち、運転経験があつて、元被告会社でレツカー車のオペレーターをしていたこと、それまでもときどき本件工事現場で派遣オペレーターに代つて自らレツカー車を運転しているのを知つていたので、別に不審に思わず、昼休みが経つてもなかなか腰を上げたがらない被告のオペレーターに代つて、仕事の能率を上げるべく、弥代がレツカー車を操作するのを手伝つていたものである。

四  仮りに自賠法三条の帰責事由が認められないとしても、被告は民法七〇九条、七一五条により本件事故の責任を負わなければならない。すなわちレツカー車の如き特殊自動車は、危険防止のため、専従オペレーター以外の者は操縦すべきでなく、したがつて専従オペレーターは、他の者が操縦しないように注意し、もし操縦しようとする者があればこれを制止すべき注意義務がある。しかるに本件事故は被告派遣のオペレーターが不注意にも弥代にレツカー車の操縦を委したか、または黙過していた過失によつて生じたのであるから、オペレーターの使用者である被告はその責任を負うべきである。

五  本件事故により原告は次の損害をこうむつた。

(一) 治療費金一二万九、七〇〇円

本件事故により原告は左下腿、足挫傷(左下腿骨骨折、第一、二、三、四、中足骨粉砕骨折)、右肩挫傷(肩胛骨骨折)等の重傷を負い、同日と翌二九日は大阪府済生会吹田病院で手当を受け、同二九日から同年四月一四日までの七七日間は医療法人仁生会内藤病院で入院治療を受け、翌一五日より同年一〇月七日までの一七六日間は同病院で通院治療を受けた。右診療のために要した費用は吹田病院は金五、七六六円、内藤病院は金三四万五、七二六円であつたが、うち前者については全額、後者についてはうち金二一万六、〇二六円を労災保険によつて支払を受けたから、原告の負担した費用は後者のうち金一二万九、七〇〇円である。

(二) 休業中の逸失利益金三九万三、五九八円

事故当時原告は磯田組の専務取締役として勤務し、主として作業現場の指揮監督に任じ、一ケ月平均金一一万八、四〇〇円の給与を得ていたところ、前記受傷により、事故当日より同年一〇月三日までの二五四日(二四九日の誤算)間、療養のため休務を余儀なくされ、その間の給与が得られなかつた。そのうち労災保険によりその六割に相当する休業補償費の給与を受けたので、残四割に相当する金三九万三、五九八円が右期間中原告の失つた給与である。

(三) 慰藉料金一七〇万円

原告は本件事故による受傷のため長期の療養を余儀なくされ、また左足趾全部に高度機能障害の後遺症があつて、その程度は労働基準法施行規則、別表第二身体障害等級表の第八級に該当する。原告の現在の職務は磯田組(鉄筋、鉄骨、木造、煉瓦造等の建築物解体工事、および土木、建築工事の請負業)の役員であつて、直接の労務に従事しているものではないけれども、労務者および各種の下請業者を作業現場において直接指揮監督し、時によつては各種の建設機械等を操作する必要もある。前記後遣障害による労働能力の低下により、本受傷なかりせば得られるであろう収入が減少することは十分蓋然性がある。それもし経済界の変動に伴う社業の消長により、他に転職せねばならぬ事態ともなれば、右後遺障害による逸失利益の損害は甚大なものが予想される。長期療養、後遺障害による心身の苦痛も大きい。そこで将来の逸失利益の損害をも含め、慰謝料は金三五〇万円が相当であるが、労災保険により障害補償一時金として一七四万余円の給付を受けたので、残額のうち金一七〇万円を請求する。

六  よつて合計金二二二万三、二九八円、およびこれに対する本件損害発生後である昭和四三年三月二八日(本訴状送達日の翌日)より完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(反訴被告の反訴請求原因に対する答弁)

すべて争う。本件事故は反訴原告派遣のオペレーターの不注意により生じたもので、反訴被告が損害賠償の請求を受ける理由は全くない。

(本訴被告の本訴請求原因に対する答弁)

一  請求原因一項は否認する。本件レツカー車は摂津市下水道、味舌ポンプ場新設工事を請負つていた訴外花待クレーンこと花待仙次に対し、昭和四五年一月一六日から同月二八日までの約束で、オペレーター浜畑敏夫、臼田広一をつけて賃貸したものである。ところが花待は右工事を磯田組に下請させ、磯田組は弥代に孫請させたのである。

二  同第二項は原告が昭和四三年一月二八日負傷したこと、当時弥代がレツカー車を運転していたことは認めることが、その余は否認する。被告がレツカー車につけて派遣した浜畑、臼田は同日午前中の作業を終り、食事をし、レツカー車より約四〇メートル離れた焚火のところで暖をとつていたところ、急に何の連絡もなく、レツカー車のエンジンが回転する音を聞いたので、大いに驚ろき、直ちにレツカー車のもとに赴こうとした時、大きな地鳴がしてレツカー車が倒れた。両名がエンジンの音を耳にしてからレツカー車が倒れるまでは一分も経過しておらず、右事故発生時劾は午前一二時五八分頃である。

三  同三項は争う。レツカー車のクレーンの作動は車両の作動という動態概念に無縁の態様であり、ここまで自賠法三条の「運行」を推及することは不当である。また原告は株式会社磯田組の専務取締役であり、工事現場の責任者、監督者、指揮者であつて、前記浜畑、臼田の両名に指示してレツカー車を作動させていたものである。しかるに一二時五八分頃休憩中の右両名のオペレーターには無断で弥代に命じて同人にレツカー車のクレーンを作動させ、自分はレツカー車の横に停立してこれを指図していたのであつて、本件事故は原告と弥代の過失により発生したものである。したがつて、レツカー車のクレーンを操作する場合をも自賠法三条の「運行」に該当するとしても、被告の被用人浜畑、臼田の両名には何らの過失もない。

四  同四項は争う、さきに述べたとおり、昼の休憩が終つたか終らないかという時点で本件事故は発生しており。被告が派遣したオペレーターが仕事に掛る寸前に弥代が無断操作を始めたもので、右オペレーターが弥代に操作を委したり、操作を黙認したことはない。

五  同五項は争う。原告は本件現場の責任者であり、正規のオペレーター以外の者がレツカー車を運転しようとする場合にはこれを制止し、正規の者に運転させる注意義務がある。しかるに原告はこれを怠り、制止するどころか積極的に弥代に命じて運転させ、その操作を手伝つたのであるから、本件事故については原告にも重大な過失がある。よつて被告に何らかの責任があるとしても、過失相殺されるべきである。

(反訴請求の原因)

一  本訴答弁で述べたように、反訴被告は本件工事現場の責任者として、正規のオペレーター以外の者がレツカー車を運転しようとするときはこれを制止し、正規の者に運転させる注意義務がある。本件事故は反訴被告がこの注意義務を怠り、正規のオペレーターではない訴外弥代に本件レツカー車を運転させ、自らはこれを手伝つた過失により発生したものである。よつて反訴被告は民法七〇九条により本件事故により反訴原告のこうむつた損害を賠償する義務がある。

二  反訴原告は本件事故により左の損害をこうむつた。

(一) 金一二七万九、七八〇円。

本件レツカー車の修理代金。

(二) 金三万四、五〇〇円。

本件事故現場より反訴原告会社まで本件レツカー車および破損ブームの運搬費。

(三) 金六、〇〇〇円。

右運搬に要したトビ職三名の労賃、一人当り金二、〇〇〇円。

(四) 金五一万一、〇〇〇円。

本件工事期間中得べかりし本件レツカー車使用料。

(五) 金四〇万二、〇〇〇円。

本件レツカー車の下敷になつて損傷した貨物自動車(T七二二―六五〇五九七)の修理代金

(六) 金七〇、〇〇〇円。

本件レツカー車の下敷になつて損傷した貨物自動車(神戸1に四〇―八一)の修理期間一四〇日間の休車補償)

三  よつて合計金二三〇万三、二八〇円、およびこれに対する損害発生後である昭和四三年一〇月二七日(反訴状送達日の翌日)より完済に至るまで、商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三証拠〔略〕

理由

一  〔証拠略〕によると次の事実が認められる。(以下の記述において、原告、反訴被告を単に原告と、被告、反訴原告を単に被告と称する。)

(一)  昭和四二年頃、訴外東海興業株式会社は、摂津市より都市下水道、味舌ポンプ場新設工事を請負い作業していたところ、昭和四三年一月頃、工事現場で土砂崩れが起きたため、その復旧工事を訴外株式会社磯田組に請負わせた。右復旧工事において、土留のためシートバイル(鉄の矢板)が多数並立して土中に打込んであり、これを抜取ることを要するのであるが、磯田組はこの抜取作業を訴外弥代隼人に同訴外人の懇請により請負わせた。

(二)  訴外弥代は昭和四二年頃半年程被告会社でレツカー車のオペレーターとして働いていたことがあり、その後訴外三田村レツカーでも同様オペレーターとして勤務していたが昭和四三年一月頃独立してレツカーによる土工事の請負業を営むことになり、磯田組からの前記受注が初仕事であつた。そこで弥代は被告からレツカーを借受けようとしたが、被告は弥代の資力に信用が置けなかつたので、関係者合意の上で、被告から訴外花待組こと花待仙次に賃貸し、花待がこれを弥代に賃貸する形をとつた。当初小型のレツカー車を借りたが馬力不足のため、後本件レツカー車であるP&H四三〇のレツカー車を借受けた。

(三)  被告会社ではレツカー車を賃貸する場合はオペレーターを付けており、これらオペレーターは毎朝被告会社に出勤して、工事現場を指示され、車のキイを貰つて現場に行き、賃借人の指揮に従つてレツカー車の運転をし、その日の作業が終ると作業証明を賃借人に書いて貰い、被告会社に帰つてこれを提出していた。昭和四三年一月二八日、本件レツカー車のオペレーターとして派遣された被告の従業員は、訴外浜畑敏夫と同臼田広一であつた。

(四)  本件工事現場の安全管理は、元請の東海興業株式会社の社員安谷典夫が管理委員長となり、各下請業者の現場責任者により成る委員で構成された、安全管理委員会が当つていたが、磯田組の現場責任者は原告であり、したがつて磯田組が下請させていた弥代の作業に関しては原告が直接の安全管理責任者であり、弥代を指揮監督していた。

(五)  レツカー車のオペレーターの作業時間は、朝八時から正午まで、一時間の休憩をおいて午後一時から午後五時までとなつていた。レツカー車によるシートバイル抜取工事は、クレーンにバイブ口を吊り下げ、これにシートバイルの頭をはさみ、バイブ口ユニツトから油圧をかけてバイブ口を震動させつつ、クレーンによつて引抜くのであつて、クレーンの操作はレツカー車のオペレーターがするが、バイブ口ユニツトの操作は別人がしていた。昭和四三年一月二八日の作業で、正午の休憩時間となり、浜畑、臼田のオペレーターは、本件レツカー車より一五メートル程離れた焚火のそばで休憩していた。

(六)  弥代ははじめての自前の請負作業であつたので、作業の能率を上げるべく、自然あせつていた。並立しているシートバイルの一枚が、他のシートバイルより一段と頭が抜き出ており、バイブ口を掛けるのに邪魔になるので、これを切断する必要があつたのであるが、休憩時間の終らない一二時五〇分頃から自分で右切断作業にかかり、これを終え、引続いて自分でレツカー車を運転してシートバイルの引抜作業にかかろうとし、原告にバイブ口ユニツトの操作を依頼した。

(七)  弥代は、レツカー車の運転免許を有し、これまでも本件レツカー車と同型のものを運転した経験があり、本件工事現場でも取換え前の小型のレツカー車を何回も運転していた。原告はこの事実を知つていたので、弥代の技術に信頼し、安全について何ら危惧することなく、弥代の依頼を容れ、バイブ口をシートバイルの頭にはさみ、バイブ口ユニツトに電源を入れた。そのとき被告から派遣されていた正規のオペレーターである浜畑、臼田も本件レツカー車の傍に来て、足廻りなどを見ていた。同人らも弥代が運転しようとしているのを勿論知つていたが、弥代が前記のように運転免許を有し、運転経験のあることを知つていたし、また元同僚であつた、ということの気安さからこれを黙認し、結果において弥代に一時運転を委せる形となつた。

(八)  ところが弥代は、前記のとおり作業の進捗を急いでいた結果、運転に慎重さを欠き、クレーンのブームの上下角度、旋回角度のバランスをとることなく、無理な力を急激にブームかけたため、右作業を開始した直後である午後一時一〇分頃、クレーンのブームが基部から折れ、パイプ口を結んだワイヤーとともに倒れ、付近でパイプ口ユニツトを操作していた原告に当り、負傷させ、被告所有の貨物自動車にも倒れかかつてこれを損傷させた。

以上の事実が認められる。証人浜畑敏夫の証言(第一、二回)中、右認定に反する部分は措信できないし、他に右認定を覆えすにたる証拠はない。

二  右認定事実によれば本件事故は訴外弥代の粗雑なクレーン操作によるものであることは明らかである。自賠法二条二項は、同法三条所定の「運行」につき、「人または物を運送するとしないとに拘わらず、自動車を当該装置の用い方に従い用いることをいう」と規定しており、クレーンはレツカー車の装置であること勿論であるから、本件事故は自動車の運行によつて生じたもの、ということができる。右の「装置」につき、走行装置のみに限定して解釈する見解がないでもないが、自動車の広汎な危険性から被害者を救済しようとする自賠法の立法趣旨に照し、文理に特段の枠付をしてまで、これを狭く解する必要はない。また本件レツカー車は被告から花待仙次に貸与されたのであるが、これは被告が弥代の資力に信用が措けなかつたので、そのような形をとつただけで、実質的には弥代が賃料を支払い、使用するものであり、このことは被告も十分承知していたのであるから、このような関係においては弥代の本件レツカー車の使用につき、被告は運行利益を有していた、ということができる。また本件レツカー車に付けられたオペレーターは、弥代の指揮下で作業をしていたのであるが、毎朝被告会社からその日の作業現場を指示され、キイを受けとり、指示された現場に赴くのであり、終業後はレツカー車の賃借人からの作業証明を貰つて被告会社に提出するという関係にあるのであるから、被告会社の運行支配権は右オペレーターを介し本件レツカー車に及んでいた、ということができる。もつとも本件事故当時本件レツカー車を運転していたのは弥代であるが、一の(七)で認定したように、結果において正規のオペレーターである浜畑、臼田は一時弥代に運転を委したのであり、後その返還がなされる関係にあつたのであるから、弥代の運転により被告の運行支配権がなくなつた、ということはできない。そうすると被告は本件事故当時、自己のために本件レツカー車を運行の用に供していた者に当ることは明らかである。

三  しかしながら、自賠法三条によれば、同条による損害賠償請求権が生ずるためには、自動車の運行により生命または身体を害された者が他人でなければならないところ、当該自動車を運転(レツカー車の場合はクレーンの操作も含む)していた者、およびその補助をしていたものは、右他人に該当しないと解すべきである。けだし自賠法二条四項、三条但書の趣旨よりしてその解せられるし、またそう解さなければ、本来自動車事故は運転者補助者の過失により生ずる場合が多いのに、これらの者が事故により自ら負傷して損害賠償の請求をするときは、自賠法による挙証責任の転換により不当の賠償を取得することも考えられ、公平に反する場合が生ずるからである。ところで本件事故当時、原告は一の(五)(七)で認定したとおり、弥代の本件レツカー車によるシートパイル抜取作業において、弥代の依頼により、バイブ口をシートバイルの頭にはさみ、バイブ口ユニツトに電源をいれてこれを操作していたのであるから、運転者である弥代を補助していたものであること明らかである。よつて原告は自賠法三条による保護は受けられないものというべきであり、同条に基く原告の請求は理由がない。

四  そこで次に、民法七〇九条、七一五条に基く請求につき考えて見る。さきに認定したように、弥代はレツカー車の運転免許を有し、本件レツカー車と同型のレツカー車の運転の経験もあつたのに、粗雑な運転をなすことにより本件事故を起したものであり、弥代が粗雑な運転をしたのは本件の作業が自前の請負作業であるため、作業の進捗をあせつたためである。(本件レツカー車を本件事故現場で臨時に、はじめて、運転したことが事故原因とは考えられない。けだし証人浜畑敏夫の証言によると、浜畑も本件事故現場での本件レツカー車の運転ははじめてであつたのに、何らの事故も起していないことが認められるからである。また弥代の運転技術が特段に劣つていたことを認めるにたる証拠はないから、同人の運転技術のまずさが事故の原因とも考えられない。)。一般に自動車を運転する者は、その運転により他人に危害を加えることのないよう、万全の措置を採るべき注意義務がある。ところで弥代の如き零細な土木請負業者は、儲けを追及するあまり、短時間でできるだけ多くの仕事を仕遂げようとして、作業をあせる傾向のあることは否めず、それだけ事故発生の危険性も大きいわけである。これに反し、浜畑や臼田の如く俸給を受ける被用者は、作業の高速的処理が直接自己の利益に結びつくものではないから、急ぐ必要はなく、かえつて雇主や自己自身のため、機械の保全や作業の安全を重視し、無理な作業をすることは少く、したがつて事故発生の危険性は小さいといえる。レツカー車の賃貸業者がレツカー車を賃貸するに際し、自己の従業員であるオペレーターをつけて賃貸する理由の一はここにあることは明らかである。本件レツカー車に被告会社からつけられた浜畑や臼田は、職業的オペレーターとしてこの間の事情を十分承知していた、と推認される。現に浜畑敏夫証人は、第二回の証言で、弥代が休憩時間中であるにかかわらず、作業を開始したのを見て、「やつらは下請なのでやる。と思つた」と供述しており、また本件事故の原因について、「弥代は自分が下請しているので早く仕事をしようとして、自然に運転が荒くなつてこんなことになつたと思います」と供述している。そうすると浜畑、臼田としては弥代にレツカー車を運転させることにより、本件の如き事故の発生するおそれのあることを予見し得ないものではなかつたといえるから、正規のオペレーターとして、たとえ弥代が運転免許を有し、運転経験があつても、同人の運転を制止する注意義務があつた、ということができる。しかるに浜畑、臼田は弥代が本件レツカー車を運転しようとしているのを知りながらこれを制止せず、かえつて容認して運転を委したのであり、その結果本件事故が生じたのであるから、浜畑、臼田の過失の責任は免れず、したがつて同人らの使用者である被告は本件事故により原告のこうむつた損害を賠償する義務がある。

五  次に原告の損害額につき審究する。

(一)  〔証拠略〕によると、原告は右事故により左下腿、足挫傷(第一、二、三、四中足骨粉砕骨折、左下腿骨骨折)、右肩挫傷(肩胛骨骨折)の傷害を負い、事故当日は大阪府済生会吹田病院で治療を受け、翌二九日に医療法人仁生会内藤病院に転医し、同病院において同日より四月一四日まで入院治療、四月一五日より一〇月七日まで通院治療(ただし治療日数二四日)を受けたこと、吹田病院の治療費は金五、七六六円であつたが全額労災保険により支払われたこと、内藤病院の治療費は計金三四万五、七二六円であるが、そのうち金二一万六、〇二六円は労災保険から支払われ、残金一二万九、七〇〇円は原告が支払つたことが認められる。よつて原告が賠償を請求し得べき治療費は金一二万九、七〇〇円である。

(二)  〔証拠略〕によると、磯田組は建築物の解体作業を主たる業としており、原告はその専務取締役であつて、工事現場での指揮監督を担当していること、事故当時の原告の一日当りの平均給与は金三、八六〇円八六銭であること〔証拠略〕が証明する原告の収入には毎月支給される定額の給与および時間外手当以外の賞与その他の収入が含まれているものと推認されるところ、後記休業期間中に右賞与等が支給されたか否か、支給されたとしてもその金額が不明であるので、平均給与は〔証拠略〕により認定する。)、前記受傷により原告は事故当日より昭和四三年一〇月三日まで二四九日間の休業を余儀なくされ、その間の給与を受けられなかつたこと、したがつて右休業期間中原告の喪失した、得べかりし給与の額は金九六万一、三五四円(円未満切捨、以下同じ)となるところ、その六割に相当する金額を休業補償費として労災保険より給与を受けたことが認められる。そうすると原告の請求し得べき休業中の逸失利益は、右金額の四割である金三八万四、五四一円となる

(三)  原告は本来の慰謝料と将来の逸失利益を含めてその損害を金三五〇万円とし、労災保険により給付を受けた後遺症補償費金一七四万円余を控除した金一七〇万円を慰謝料として請求する旨主張しているが、本来の慰謝料は精神的損害であり、将来の逸失利益は物質的損害であつて、損害の対象が異り、同一の損害と見ることができないから、原告の右主張の真意は右両損害賠償請求権(ただし将来の逸失利益については前記労災保険からの給付補償額を控除する。)を選択的に併合して、金一七〇万円の限度で支払を求めるものである、と解される。〔証拠略〕によると、本件受傷による原告の後遺障害として、外見上左足背に手術瘢痕があり、第二足指が短縮していること、左足関節は腱側に二分の一以上、左第一、二足指、中足指関節は腱側に二分の一以上の各運動制限があり、第三、四、五足指各関節は自動運動不能の制限があり、右肩関節にも若干の運動制限があること、そのため正座したり、走つたり、高所に上つたりすることができず、靴を履くのが困難であり、右腕が真上に上らないこと、右後遺症により、労働基準法施行規則所定の身体障害等級表上の障害等級八級の認定を受けていること、が認められる。右認定に反する証拠はない。さて後遺障害による将来の逸失利益であるが、〔証拠略〕によると、原告は治癒後、依然磯田組の専務取締役として、社長の片腕として働いていることが認められ、後遺障害により給与の額が低下したことを認め得る証拠はない。政府の自動車損害賠償事業損害査定基準における就労可能年数表により、原告の就労可能年数を三二年としても(〔証拠略〕によると原告は、昭和一二年一一月二〇日生れであることが認められるから、通院治療をやめた昭和四三年一〇月七日を起算基準日とすると、当時の年令は三〇才と一〇ケ月余となる。)、原告の磯田組における前記地位、担当職務を総合して考えると、前記後遺障害があるにかかわらず、具体的な将来の逸失利益はない、と認めるのが相当である。しかし本来の慰謝料については、本件受傷により原告が多大の精神的肉体的苦痛をこうむつたことは容易に推認することができ、この苦痛を慰謝するにたる金額としては、前記原告の年令、地位、職業、傷害の程度、後遺障害等諸般の事情を総合して金一五〇万円を相当と認める。

六  本件事故は、本件レツカー車の正規のオペレーターである浜畑らが、弥代に運転を委ねたことにその原因があつたことは、さきに認定したとおりであるが、原告も本件工事現場の安全責任者でありながら、正規のオペレーターでない弥代がクレーンを操作するのを知りつつ、これを黙認し、かえつて補助しているのであるから、この事実は原告の損害額を認定するについて、斟酌すべき重大な事情であり、過失相殺として考慮に値する。そしてその相殺の割合は五割を以つて相当と認める。そうすると、原告の請求し得べき金額は前記損害額の合計金二〇一万四、二四一円の五割である金一〇〇万七、一二〇円とこれに対する損害発生以後である昭和四三年三月二八日より完済に至るまで、年五分の割合による遅延損害金となる。

七  次に被告の反訴請求につき判断する。被告は、原告は本件工事現場の責任者として正規のオペレーター以外の者がレツカー車を運転しようとするときはこれを制止し、正規の者に運転させる注意義務があるのに、この注意義務を怠り、正規のオペレーターではない訴外弥代に本件レツカー車を運転させ、自らこれを手伝つた過失により本件事故が起たのであるから、これにより被告のこうむつた損害を賠償すべきである、と主張する。原告が工事現場の責任者でありながら、弥代の運転を黙過し、かえつてこれを手伝つたことはさきに認定したとおりである(原告が積極的に弥代に運転を命じた証拠はない。)しかしながら正規のオペレーターでなくとも、運転免許を有し、運転の経験もある者が正規のオペレーターの承認のもとにレツカー車を運転するときは通常事故の発生はあり得ないと考えられるから、現場の安全責任者といえどもこの場合右の者の運転を制止すべき注意義務はない、ということができる。本件事故における弥代の運転は正にこの場合に該当するわけである。ただ本件事故は、弥代が自前の請負作業であつたため、作業の進行を急ぎ、運転に慎重さを欠いたため生じたものであり、いわば特別の事情に基く事故であつたということができる。もとより原告も磯田組の重役として、一般的に、下請業者が作業を急ぎ勝であり、そのため事故発生の危険があることは承知していたものと推認されるが、しかしレツカー車の運転には全く素人である原告が右事実よりも、前記一の(七)で認定した事情により、弥代の運転技術を信頼し、よりこれを重視した結果、弥代の運転を黙認したのは無理からぬことと思われる。この場合弥代の運転に、自前請負業者である故に、事故発生の危険性があることを原告が予知し得たと認定して、原告に同人の運転を阻止すべき注意義務があつた、とするのは、原告が本件工事現場の安全責任者であることを考慮にいれても酷に過ぎると考える。この点本件レツカー車の正規のオペレーターとして、安全運転に直接の責任を負う、浜畑、臼田らとは相違して然るべきである。すなわち原告は本件事故につき故意は勿論、過失の責も負わない、ということができる。(なおこのように認定したからといつて、本訴につき過失相殺を認容したことと矛盾することはない。けだし不法行為に基く損害賠償の請求原因たる過失は、違反された注意義務の存在を前提とするに対し、過失相殺における過失は、公平の原則上、加害者の負担を軽減すべき被害者側の事情であつて、必ずしも注意義務の存在を前提としないからである。)そうだとすると、被告の反訴請求は爾余の争点につき判断するまでもなく理由がないこと明らかである。

八  以上の次第で、原告の本訴請求は金一〇〇万七、一二〇円とこれに対する昭和四三年三月二八日より完済に至るまで、年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、被告の反訴請求は理由がないからこれを棄却することとする。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 野田栄一)

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